大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和31年(刑わ)3539号 判決

被告人 市川靖己こと市川平吉

明二八・八・二六生 出版、通信販売業

主文

被告人を懲役一年六月に処する

訴訟費用中証人田岡百合子、田岡章に支給したものを除きその余は被告人の負担とする

理由

被告人は有限会社積文堂の代表者として図書の出版並通信販売をなしていたところ昭和三十年頃より経営不振となつたので懸賞広告により写真機、自転車を販売し損失を補わんことを企図し、友人が曾つて発行していた生活文化新聞の発行権を譲受け同三十一年四月より旬刊として発行し、その内毎月一日附のもののみに「自転車とカメラが当る大懸賞答案大募集」と題し、易しい算数クイズをかかげ、正解者中より抽せんによりメリカフレツクスカメラを割引にて、セイカ号新台実用自転車を無代にて贈呈する旨の広告を掲載し、これを予ねて自社の通信販売上知つた者或は買受けたる通信販売に関する古書状、端書若くはNHKなどに応募したる端書などにより知つた者の住所に宛てて別紙一覧表(一)(二)を含む毎号八万乃至十万部を発送した。然るところ右広告に抽せんをなすとあるも事実は抽せんをなさず解答の正否をも問わず一率に取扱うものであり、自転車はカメラを購入したもののみに無代贈呈し、自転車のみを欲する者には一定の代金と引換にて販売するものであり、該カメラ並自転車は下級品であるためにかかる販売方法によるも多額の利益を得るものであつて、懸賞の応募者には何等の奉仕をなすものではなく、専ら購売意欲を醸成するに止まるものであつた。而して、該広告には、答案と共に必ず郵便切手又は現金にて四十円を同封すべき旨を附記し読者をして右四十円を同封しなければ抽せんを受け得られないものと思わしめる如くなしたが、該四十円は同封なき場合も対等に取扱い、同封した現金又は切手は生活文化新聞の発行費その他の出費の一部に充当する意図であるのに拘らずこれを秘匿すべく故らに曖昧なる表現を用いて読者をして、四十円を同封して応募すれば正解者は抽せんの上当選者が決定され賞品として優秀なるカメラの割引券と新台自転車の無代贈呈を受け得られるものと誤信させ、因つて、同三十一年四月上旬より八月上旬頃迄の間に別紙一覧表(一)記載の如く答案と共に現金等を肩書住居に送付せしめてこれを騙取したが、同表(二)記載の沼本数市は四十円を同封せず、その他の者は本件懸賞広告の実体を感知し欺罔されなかつた為その目的を遂げなかつたもので右は単一の犯意に出たものである。

(証拠の標目)(略)

弁護人の主張に対する判断

一、被告人は応募者より四十円づつ送金せしめたが、それに対してはカメラの割引券、自転車の無代贈呈証並に秘伝秘法百科全書、趣味のクイズなる新本二冊等を送付したのであるから欺罔する意思は認められないと主張する。被告人が名宛式で送付した生活文化新聞(昭和三十一年四月一日附、同年五月一日附、同年六月一日附、同年七月一日附のもの)に掲載した広告文には「自転車とカメラが当る」「〈1〉メリカフレツクスカメラ〈2〉セイカ号新台実用自転車当選者に無代贈呈」「抽せん後十日以内に当選通知書、賞品引換証及び新本二冊全部同時に郵送」とあり両品とも無代で貰えるものと解され「奉仕提供のメリカフレツクス、当選者へ贈呈セイカ自転車」「感謝賞メリカ写真機八割引券、セイカ自転車無代贈呈」とあるので、カメラは奉仕即ち割引となり自転車は無代で貰えるもので、カメラと自転車は一組として賞品となされていると見られるのである。従つて、この広告文を読んだ者は、懸賞問題を正解した場合には抽せんの上感謝賞は「メリカ写真機八割引券とセイカ号自転車を無代」にて、特等賞は「メリカ写真機一万円割引券とセイカ号自転車を無代」にて、二等賞は「メリカ写真機七千円割引券とセイカ号自転車を無代」にて、三等賞は「メリカ写真機四千円割引券とセイカ号自転車半額割引券」を貰えるものと了解することとなるのである。然るに被告人の供述、高橋正一、加藤しのの検事に対する各供述調書によれば、被告人は当初より答案の正否に拘らず抽せんをなさずして、応募者全員に対し「特等」に当選したものとしてメリカ写真機一万円割引証(該証には「特等当選カメラ申込者に限り自転車無代贈呈」「本券は自転車のみ希望申込者には一万七千円の半額にも適用す」と附記されてある)を送付する意図であつたことが認められる。故に応募者は抽せんがなされない点と自転車は写真機を買わねば貰えない点とに於いて欺罔されたこととなり、被告人の供述によれば同人も応募者がかくの如き錯誤に陥ることのあることは予見していたというのである。前記割引券と共に、「秘伝秘法百科全書」と「趣味のクイズ」なる小冊子を送付したことは各証言により認められるが該小冊子たるや極めて粗末なるもので何人と雖も不満足、意外の感を抱くものであり、このことは被告人も予め知悉していたのであるが、被告人は、曾つて本件の如く答案に金銭郵券等を同封せしめたことについて詐欺罪として問責された為、何物かを送付しその刑責を免れんとして該小冊子を送付したものであると供述した。従つて、これは応募者を満足せしめる為のものではなく、自己の刑責を免れんとして為された奸計というの外はないのである。

而して被告人は答案に切手四十円を必ず同封すべく要求したのは生活文化新聞の発行費、送料を捻出することと素見的応募者(後記の如く被告人は写真機と自転車の売却が目的であつた)を閉出す為であつたと供述した。而して、被告人の供述によれば、本件懸賞広告には「輸出の花形最高級カメラ実用新自転車発売記念」とあるも、当時被告人は出版業による損失約百万円を補わんとして写真機を一台六千円位と六千五百円位にて、自転車を一台五千五百円位と五千八百円位にて買入れ、これを売却せんとしたものであり「特等当選証」には写真機は一台二万三千五百円、自転車は一台一万七千円とあるもその市価は写真機一台一万円乃至一万五千円位、自転車一台九千円乃至一万円位(高橋正一の検事調書によれば写真機は一万二千円位、自転車は七、八千円の市価となる)に過ぎないものであり、写真機を一万三千五百円にて売却し自転車(この場合は安いものを送る)を無代贈呈しても差引二千円前後の利益となり、自転車(この場合は高いものを送る)のみを一台八千五百円にて売却しても二千円位の利益となるものであることが認められる。即ち被告人の終局の目的は写真機と自転車を過当に優良品であると詐称して売却し利を得んとの詐欺行為(商行為として許されたる誇張の範囲を逸脱している)であり本件懸賞広告はその第一段階であることが認められる。従つて被告人としては答案に四十円を同封せしめたことは終局的目的ではないにしても、応募者の錯誤による出損を得んとしたものであつて、欺罔の犯意なしとなし得ないのである。

二、本件の如き懸賞広告は通信販売の常識であり無代で賞品が貰えると誤信することは正しく広告文を読まぬ者であると主張する。弁護人主張の如く本件広告文を理解したものも少数乍ら存した。それは別表(二)記載の一一名(沼本を除く)であるが、そのように理解せず錯誤に陥つたものは別表(一)記載の二四四名である。

本件広告文を冷静に読了し、その新聞の他の広告等を綜合して考察すれば、該懸賞広告は信じ難いものであることを看取し得るのである。しかるに、かくも多くの人々が錯誤に陥つたのは次の事情によるものと解すべきである。即ち、その一は応募者が年少者であつたこと、その二は応募者がクイズを好む人々であつたこと、その三はクイズによる販売戦術が一流商品について一般的に行われていたことである。各被害者の証言によれば、本件の応募者の大多数は当時中学上級生、高校生又はそれと同じ年令の人々であつたが、これらの人々は思慮が浅く社会的経験に乏しい為に広告文のキヤツチフレーズに目を奪われて詳読せず自己流に即断する傾向にあつたこと並応募者の大多数はクイズを好み過去に何等かの応募をなしたものであつたことが認められる。戦後各種クイズの流行は宝クジの売出と共に人々をして些少の出損又は無出損にて高価な商品を入手し得るとの信念を抱かしめるにいたつて居り本件広告の「輸出の花形最高級カメラ実用新自転車発売記念」の見出文句により一流商店の販売方法と誤認するにいたつたと認められるのである。被告人は故らに年少者を選び、欺罔され易い人々を目当としたものではないと弁疏するが、本件懸賞の問題を見れば明らかに年少者を目当としたものであることが認められ、新聞の送付先は曾つて応募などした人々の住所氏名によつたのであり、被告人は新聞送付する応募率を一%と予定したというのであるから、かかる懸賞広告に欺罔され易い心情の人々の応募を予定していたものと解すべきである。

刑法二四六条所定の欺罔行為は被欺罔者との相関関係にて決せられるべきものであるところ被告人のなした如き方法は常識の高い、思慮の深い人々には欺罔行為とはならないとしても、年少者でクイズを好み、当今のクイズ横行時代の環境に左右され易い人々には十分に欺罔行為たり得るのである。被告人は一般社会の内かかる人々の属する階層的部分社会を探索して欺罔行為を行つたものである。

(法律の適用)

被告人の行為は刑法二四六条一項、二五〇条に該当する包括一罪であるからその量刑につき按ずる。本件欺罔行為は一見たわいもない児戯的感を受けるが、本件被欺罔者は年少者で、多くの夢を抱いて生長して行くべき人格形成途上の最も重要なる時期にあるものであること、被告人が曾つて同種事犯により数回処罰されているのに拘らず自己の営業上の損失補填の為敢えて行つたものであることを勘考すればその刑責は軽しとなし得ないのである。而して、本件広告は素見的応募者をさける為に四十円づつ同封せしめたというが、これは撒餌によつて集魚し釣糸を垂れるに等しく、実践広告心理の最も悪用である。即ち四十円という軽い出損によつて先づ第一段階の対象選択をなし、次に当選なる優位意識によつて最終的に対象決定をなすのであるが、第一の対象選択については一%の確率を見込み、宣伝広告費の回収を図り、仮に欺罔されたと知つても少額である為抗議を申込まないであろうことを予見し、最終の対象決定については高価なものに対する憧れと当選したことに対する優位感から購買欲を極度に高めるようなされて居り、これは累加的欺罔行為である。

被告人は騙取金を各被害者に弁償したのであるが、本件被害者たるや小額にして弁償せんとすれば容易になし得たに抱らず、被害者のほとんど全員に証言を求めた後、己むなく、この挙に出たものであり、これを以つて被告人の改悛を裏付けるものとしては重く見るを得ない。

叙上の如くであるから、被害金額の多からざることにとらわれて刑責を軽しとなし得ないのであるから被告人を懲役一年六月に処し、訴訟費用中主文掲記のものは刑事訴訟法一八一条一項により被告人に負担せしむべきである。

本件公訴事実の内一覧表(171)田岡百合子に関する点は証人田岡百合子、同田岡章の供述によるも被害者を確定し得ないので、犯罪の証明なきに帰するが、右は一罪の一部であるから主文で無罪の言渡はしない。

仍つて主文の通り判決する。

(裁判官 津田正良)

(一覧表略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例